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[本紙掲載インタビュー] 33歳の決意 山口 智(千葉)聞き手/杉山 文宣()

2012/2/8

[本紙掲載インタビュー] 33歳の決意 山口 智(千葉)聞き手/杉山 文宣

●「自分は千葉から移籍した人間。古巣だから戻ったということではない」

――1月14日の新体制発表の際、移籍の経緯について「話せば長くなる」とおっしゃっていました。ぜひ、その話をうかがえればと思います。「G大阪からも契約延長のオファーをいただいていたし、ずっとG大阪で築いてきたものが大きかった。昨年もJリーグで最後の最後まで優勝争いができたけど優勝できなかったというのもありますし、ACLと天皇杯も自分が出られなかった試合で終わったことで自分の中では消化不良で終わってしまった。それでも、もう1回チャレンジできるチャンスを与えてもらえたので、最初のベースはそこにありました。やっぱり、G大阪で築いたもの、自分が作り上げてきたものに自信も持っていたのでそれをもっと追求したいという思いもありました。 ただ、(G大阪の)監督も交代することが決まって、(自身に対して)期待されていないという言い方をすると語弊もありますが、クラブと話していく中でそういったものを感じました。もちろん、契約延長のオファーをもらっていますから戦力としては考えてもらっていますが、今までの感じと比べると、どうしてもそこで引っかかるものがありました。それでも最後の最後まで、G大阪でやりたい気持ちがありましたが、監督が決まらない状況が続いていて…。その中で自分も決断をしないといけなかった。やはり、選手にとっては誰が監督をやるのかというのは大きな問題ですし、誰でもいいという感じでもない。G大阪のクラブとしてのビジョンがちょっと変わってきているなと感じるようになりました。そういう中でジェフを始め、いくつかのチームからオファーをもらいました。自分がそういう立場でほかのクラブからオファーをもらえるとは思っていなかったので、率直な気持ちとしてはとてもありがたいという気持ちでした」

――かなりの時間、悩まれたのですね。「代理人もつけていませんし、僕の性格上、話をいただいたすべてのクラブときっちりと話をさせていただいて、そこで判断をしたかったので。社長を始め、強化部の方々と何度か話し合いの場を設けてもらいました。その中で来季に向けたビジョンや考え、自分に対する評価について話ができたのでこうやって選択できたのかなって思います。忙しくなって、精神的にも結構しんどかったですし、何を重視するのかを自分で決め切れないところもある中で、どのチームも自分のことを評価してくれているし、なかなか決められませんでした。『じゃあ、どこで比べるのか?』といっても僕の中では無理でした」

――決断の決め手になったところはどこですか。「最後に重視したのは、そのチームに自分を置いてくれる中での期待や必要性です。それが決断につながりました。どのチームに対しても同じだけのありがたいという気持ちはありますし、どのチームでもやってみたいという気持ちもありました。あとは自分がどれだけできるのかという自信を考えたときに、言い方は正しいか分からないですけど、考える要素をそろえた中で、まだG大阪は監督も決まっていなかった。そこに不安はありました」

――いくつかオファーをもらった中に古巣の千葉があったことは移籍を決断する要因になったのでしょうか?「それはないですね。もちろん、まったくないと言ったらウソになりますが、そういう概念で決めたわけではないです。かつて在籍していたけど、自分はそこから移籍した人間です。でも、そういう中でもう一度、獲得しに来てくれたというありがたさはすごく感じました。ただ、それに対して自分の感情だけを入れて考えることは嫌でした。すごくありがたい話でしたけど、古巣からオファーが来たからすぐに『じゃあジェフに行きます』とはならなかったですね。周囲からは、『やっぱり古巣に帰った』という目で見られると思うのですが、(この決断は)そんなに簡単なものではありませんでした。(2012年に向けて気持ちを)リセットしないと『無理やな』と思っていたので、家族旅行の予定も立てていて、それまでには(移籍先を)決めようと思っていたのですが、結局、決め切れずに(旅行が)何日かズレ込んじゃいましたね。大阪での暮らしが長かったことや子供のこと。自分だけの問題ではないことも多かったです。 まだ、今回の判断が正しいかどうかは分からないです。ただ、嫁も『自分が決めたことが一番正しい』という言い方をしてくれたのでそういう考えができたんだと思います。過去を振り返るのは本当に好きじゃないんですが、J1へのこだわりも強いし、昨季のリーグ戦でも優勝できなかったですし、ACLにも出たい。その舞台で勝負したい気持ちは常にあります。もちろん、それは今でも持っています。だからそこを目指してチャレンジできるんやと思います。そういう意味でも生半可な気持ちでここに来たつもりはないですし、今年に懸ける思いは、ほかの人もあるだろうけど、誰よりも持っている自信はあります。もしかしたらチームの誰よりも、会社を含めても、監督よりも持っている自信はあるかもしれない。そこへのこだわりはそれくらい大きいです」

●「千葉はJ1でやらなければいけない。とてもやりがいがある。楽しみたい」

――J1のクラブでやれるチャンスがありながらJ2への移籍をする決断について周囲の声は大きかったですか。
「別に周りの声は気にしないですよ。もちろん、いろいろ言われましたし、J1の上位にいて延長のオファーをもらったのにそれを受けないというのは『あまりいない』とも言われました。ただ、自分の中ではそういう簡単な話ではなかった。一番引っかかったのはJ1へのこだわりです。それが強かったから、千葉に来てここでJ1を目指すということが、今年1年のモチベーションになっていくと思います。ただ、J1に行くのは簡単ではないことも分かっているし、一人でチームを変えられるとも思っていない。チームはみんなで作っていくものだし、現場だけじゃなくて、会社、サポーターも含めて一体感を持てれば楽しいと思います」

――G大阪に移籍してから11年という時間は長かったですか。「いや、長くなかったですよ。今回、みんなからは古巣に復帰して『おかえり』って言ってもらえるのは素直にありがたいですけど、正直、新しいチームに来た感じです。G大阪の在籍期間も長かったですが、毎回、新しい契約を結ぶし、毎年、人も変わるわけです。毎年がリスタートだし、1年スパンで毎日をイメージしてシーズンに入っていましたから。もちろん、責任は大きく感じていますし、自分が決断したことについて責任は負うつもりです。だから、『おかえり』と言ってくれた人たちのためにも結果を出さないといけない。クラブハウスが立派であったり、スタジアムがすぐ近くにあったり、環境が素晴らしいことは対戦しているときからも感じていたけど、あらためてチームに入って生活をしてみて感じることは、やっぱり千葉はJ1でやらなければいけないチームだということです。この現状をどうにかしていかないといけない。そういう意味ではとてもやりがいはあるし、楽しめたらいいなとは思います」

――移籍されてからも千葉のことは頭の片隅にあったのでしょうか。
「G大阪のことでいっぱいいっぱいでしたから、ありませんでした。タイトルを獲ることが宿命のチームだったので、ほかのチームのことを心配するとか分析する感じではなかったです。自分たちのサッカーを追求していく感じでした。ただ、降格のときはショックでしたね。今までの伝統で一度も2部に落ちたことがないチームでしたし、自分がいたときにも不甲斐ないシーズンもありましたが、何とか残留できたという経緯もありましたしね。対戦できないという寂しさもありました。『早く昇格してほしいな』という気持ちはありました」

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