八年の空位。
なぜ俊輔はヒールになったのか?
本紙・川端 暁彦
火曜日の夜だった。ACLを会社内のTVで観戦していたときのこと。基本的にサッカー好きが集まってできた会社なので、こういうイベント時にはTV前に編集部以外からも人が来る。そのうちの一人、鹿島サポーターである青年が小笠原の見事なプレーのあとにつぶやいた。
「やっぱ、10番様より満男だな」
ここで言う“10番様”が、本山雅志でないことは言うまでもない。
中村俊輔が日本から飛び立ち、もう8年近くが経過している。24歳の若者は、31歳のベテランになって戻って来た。ダイジェスト以外で彼のクラブでのプレーを見なくなった人も多いだろう。彼が海を渡ってからの8年。特にスコットランドに渡ってからの過去5年は、中村が日本代表の“絶対的な10番”になった時期でもある。ほとんどの国内サッカーファンは、日本代表でのプレーでのみ、中村を認識してきた。
だが、まさにここ5年というのは、日本代表が結果らしい結果を残せなかった時期でもある。日本代表を見るたびに募るイライラ。そのフラストレーションの象徴が、メディアに“絶対的な10番”として、もてはやされる中村だった。
前出の彼は「小笠原が上」と信じているが、G大阪のサポーターに聞けば「遠藤が上」と答えるだろうし、川崎Fのサポーターは「憲剛こそ日本最高のMF」と思っているかもしれない。実際この件に関して、あるFC東京サポーターは私に「俊輔より梶山が上」と主張してきた。
こうした国内サッカーファンの中村に対する鬱屈には、もう一つの隠れたロジックがあると思う。遠藤も憲剛も小笠原も、あるいは梶山も、同じ舞台で技を競う機会がなかったということだ。
たとえ「ウチの小笠原が上」と信じていても、実際にそれをピッチ上で問う機会はない。代表での競争は不平等(に見える)。実力の上下を競う場にはなり得ない。その状態が8年近く。それでも中村は日本代表の“絶対的な10番”であり続け、メディアは彼をもてはやし続ける。一種独特のフラストレーションが募ったのは、いわば必然だった。
だがこれからは違う。小笠原と中村はピッチ上で相対することになる。もし小笠原が上回れば、鹿島のサポーターは大いに溜飲を下げるだろう。彼が帰還して以来、スポーツ新聞で「俊輔」の文字が躍りまくることに不満を募らせる国内サッカーファンの鬱屈は、いざ試合となれば、熱へと変わっていくだろう。たとえば今度の湘南戦で言えば、「もし坂本が中村以上に目立つプレーをすれば…」といった妄想もOKだ。もちろん裏を返せば、中村が己の実力をJのファンへ示す好機と言うこともできる。
中村の帰還について、「ライト層を取り込むチャンス」という声がある。それはそのとおり。ただ同時に、「中村なんていなくてもJリーグを見る」という層への刺激も期待している。
別にこれでJリーグが急に中村を中心に回り出すわけではない。ただ、大物外国人も来なくなったJリーグにおいて、国内サッカーファンと選手たちにいつもと違った種類の刺激が提供される意味は、意外に大きいのではないか。
語弊があることを承知で書くが、中村は国内サッカーファンにとっての“ヒール(敵役)”になれる選手である。